2007年05月16日

赤ちゃんポストよりも、バカ親ポストと偽善者ポストを作るべき

 まあ、赤ちゃんポストの是非で賛否が真っ二つに分かれているようだが、
俺的には、勝手に作ればいいと考えている。
別に誰に迷惑かけているわけでもなく、税金が投入されているわけでもない。

 法律的にも問題がないということらしいし、俺に止める権利はないし、
やりたきゃやればといった感じだ。
ただ、感情論や道徳的な観点から判断すれば、俺はやるべきではないと思う。

 で、まあこの問題で一番阿呆なのは、間違いなくバカ親の他いないのだが、
安易に赤ちゃんポストに賛成している奴等とかも同じくらいむかつくね。

 偽善者が。

 お前が一体いくらの投資を、その赤ちゃんポストにしたっていうんだ?
お前がバカ親の代わりの育てるのか?
全てを慈恵病院に丸投げしておいて、安易に奇麗事をほざくな。

 とりあえず、お前がまず死ね。

 俺が認めるのは、実際に身を削って命を助けようとしている人たちだけだ。
てめぇは幸せなところで、『救える命があるならやるべきだ』とかほざいている奴は、
命の重さの感じ方なんて、ビン・ラディンとたいした変わらないのがオチだろう。

 口先だけなら、いくらでも言える。
実行の伴わない、力のない善など、こそ泥の悪事よりも遥かに悪だ。
そういう奴等の事を、偽善者と言う。

 頭の悪いパーが、無い頭でしょうもない計算をして、
ポストを設置する事により、失われるであろう命が救われると主張をしているが、
これだからパーは…。

 目に見える事象とか、てめぇの頭で想像できる範囲でしか
物事を考えられないから頭が悪い。
本当、バカも罪だな。

 社会全体に、命の重さに対するバロメーターみたいなのがあるんだよ。
この赤ちゃんポストを容認してしまったら、確実に社会全体で、
命に対するお手軽さ、困難だったら放棄してもいいんだという認識が生まれる。

 結果、あらゆる局面で命に対する責任が薄くなる。
別にバカ親の虐待だとか、育児放棄とか、狭い範囲の問題に止まらないんだよ。

 今よりももっと、平気で他人の命を奪いやすくなる社会が加速して進行する。
今にその時の気分で母親の首を切り落として、腕を植木鉢に飾るのも、
別段珍しくもなんともない社会が到来する事だろう。

 そういった社会への進行を止めないとならんのだよ。
安易にポストに命を預けられる社会が構築されたら、明らかにそっちに加速する。
ポストの存在が命の尊さを認識できる社会になるだろうと
勘違いしている奴が多いが、大間違いだ。
間違いなく、効果は正反対の方向に働くだろう。

 この問題の本質は、虐待だとか育児放棄とかの次元の話じゃないんだよ。

 それに、ガキ一人の命が助かったとして、バカ親のつがい2匹は自由なんだろ?
こいつらを社会に放しておけば、またきっと同じ問題、又は別の問題を起こす。
調教しないと、それがいけない事だという事にも気づかない。

 どっちかというと、バカ親ポストでも作ってほしいところだな。
刑務所みたいなところで、こういったつがいは再教育させる必要がある。
そういった施設であれば、いくら税金を投入してでも作るべきだと思うがな。

 あとは、偽善者どもから金を巻き上げる制度とかも作ってほしいところだ。
ポストの存在は認めてやるから、お前が金を払え、ガキを引き取れといった感じだ。
できもしねぇのに奇麗事ほざいて、善人ぶるな。

 まあその内、3歳児どころか、ゴミとか不要になったペット、
ガキの死体とか、あらゆる物が捨てられていくような気がするな。
病院は情報を公開しない姿勢のようだけど、既に何らかの
『いらないモノ』が投げ込まれているかもしれんな。

 急加速で、社会がおかしな方向に向かっている。
いつの時代にも、ごく少数の善人、悪人は存在するものだが、
どちらにも属さない奴等を分析すると、社会全体の傾向が判断できたりする。

 自分は基本的には何もせず、奇麗事だけをほざき、反対意見の奴を批判し、
善人のケツを蹴って働かしているだけの奴が多ければ多いほど、
社会全体が終末に向かっているという証拠になる。

 で、こいつら、命を救おうとか言っておきながら、自分と反対意見の奴等に、
かなり汚い言葉で反論していたりするから笑えるね。
そのギャップがいかにも人間らしく醜く、本性が見て取れて実に愉快だ。

 はっきり言っておいてやるけど、命よりも大切なものはいくらでもあるよ。

 社会全体の為に、人一人の命よりも優先しなければならないものはいくらでもある。
posted by 俺 at 23:59 | Comment(4) | TrackBack(0) | 時事
この記事へのコメント
今ニュースでやってたんですが、遊園地のジェットコースターの点検が罰則規定のないのを理由にほとんど行われていなかったそうで。
人間の持ってる命に対する責任感なんて、やっぱりこんなもんなんですね。

そんな中で「育てられないなら預けてしまえばいい」と認めるのはやはり危険ですね。

「赤ちゃんの命は助けてやるから親は死ね」くらい言わないと駄目かも。
Posted by 源三郎 at 2007年05月23日 23:35
 源三郎さん、こんばんは。

 ジェットコースターの問題だけでなく、どこの業界でも大差ないと思います。
不二家の問題もありますし、番組捏造のようなインチキしている業界も
他にもいくらでもあります。

 ISOやPマークなども、ろくでもない団体であっても、いくらでも取れますからね…。

 所詮これが人間の限界なのかもしれませんね。
自己の利益や都合を優先し、
他に考えが及ばない所が人間である所以なのかもしれません。
他人のことを考えられる団体や個人は、もはや現代社会では希少種です。

 赤ちゃんポストの件は、助けたい団体や個人がいれば、
それを止めたり批判をするつもりはありません。
私はそれを他人に押し付けて、奇麗事を言っているだけの人たちが納得できないですね。

 何もしない偽善者の発言は、時として小悪党の悪事よりタチが悪い場合があるからです。
責任の伴わない奇麗事は、北の将軍様の戯言と大差ないと私は考えています。
Posted by 俺 at 2007年05月24日 01:34
私もかつて『そのまま悪い親に育てられるより、良い親に引きとってもらえるなら良い事ではないか』と考えていました。

私の家庭には歳の大分離れた弟がおりまして、養う親と養われる子供、丁度その中間のような位置付けです。
そのこともあって、およそ一年前に人生をもう一度考えなおそうと『毒になる親』を手に取りました。
私の中卒の文章力では内容がほとんど説明できませんが、読んでいるうちに、ふと、この赤ちゃんポストに関する問題を思い出したんです。

良識ある団体はよいのですが、この制度に賛成する意見を"ネットのそこら辺に書き込んでいる"人の99%は、ポストに入れられた子供を大切に養おうなんて絶対に考えていません。
皮肉にも彼らのせいで、希少である善人の生活はどこかしら破綻を強いられるでしょう。
一人でも我が子を捨てる親が公に許されてしまえば、そこに付けこんで無責任な左翼が皮膚感染のごとく増殖してしまいますね。

根本的な解決策として、無責任な親を施設に放りこむのは非常に良い手段ですね!
親ではありませんが、私もそこで悔い改めたいです…。
Posted by 珍三角 at 2011年01月09日 12:47
 珍三角さん、こんにちは。

 『毒になる親』を私は読んだことありませんが、何か思うところがあったようですね。

 虐待は一向に減らず、殺されるよりかは、
赤ちゃんポストに預けられる権利があった方がいいという人も多いですが、
これは問題の先送りで、根本の子供を捨てようと考えたり、虐待するような親を、
社会でどうしていくかを考えないと解決しません。

 法や政治が追いつかず、現場の病院や福祉施設等がもがき苦しみ、
その結果の赤ちゃんポストだと思いますが、やはり今でも個人的にこのポストは反対です。
Posted by 俺 at 2011年02月13日 12:54
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