2009年11月26日

厳しかった人が丸くなるのは理由がある

 『あの人、昔はものすごく厳しかったのに、いまはすっかり丸くなった』なんて、
人によっては何度も経験があるかもしれない事例だが、注意した方がいい。
説教や怒られる回数が減ったとホッとしていると、取り返しの付かない過ちとなる。

 中には、高齢や環境の変化で本当に人間的に丸くなる場合もあるが、
ほとんどの場合は、そうではないと認識しておいた方がいい。
原因は自分にあると、これまでの経緯を何度も振り返る事をお勧めする。

 ようは、その人に『諦められた、見捨てられた』と認識した方がいい。
最初のうちは、自分のためを思って説教や注意をしてくれていたのに、
何度も繰り返すうちに『コイツはダメだ』と思われ、さじを投げられている場合が多い。

 そうなると、とたんに説教や注意をしなくなり、何でも許す態勢をとられる。
コイツに時間を使うだけ無駄だと思われ、余計な神経を使わなくなるわけだ。
結果、今まで説教していた人が、丸くなったと錯覚をしてしまうわけだ。

 自分より上の立場の人、親、上司、先輩、友人、知人、恋人…。
説教されなくなってラッキー、なんて思っていると、気が付いた頃には、
1人、また1人と自分の周りから人がいなくなり、最終的に孤独な人生を送る事となる。
自分に気を向けてくれる人、説教をしてくれる人を尊ぶ姿勢が豊な人生を送る秘訣だ。

2009年11月03日

『素直に』を強調する奴は素直じゃない

 『素直に』おめでとうと言いたい、『素直に』感謝したいと思います、
とか、よく日常の場で『素直に』を強調して発言する奴がいるが、
そういう奴に限って、『素直』じゃない場合が多い。

 そもそも、わざわざ『素直に』なんて付けなくたっていいわけで、
普通におめでとう、ありがとう等、感謝の言葉を述べればいいわけだ。
変に言葉を飾りたがる奴に限って、裏があると思って間違いない。

 言っている奴は気付いていないんだろうね。
『素直に』なんて言っている時点で、自分が素直じゃないと公言しているようなものだと。
左手に武器を持ちながら、右手で有効のしるしだと握手を求めているようなもの。

 『素直に』は、素直じゃない奴の常套句。
ふとした日常の会話に、その人間の心の醜さが如実に現れる。
言葉をきれいにするには、普段の行いを改め、自分の心を洗い流すしかない。

2009年10月15日

仕事ができない奴ほど経済や市況を語りたがる

 どこの会社にも『なんちゃって』な、やり手ビジネスマンもどきがいて、
暇さえあれば、日経の記事や、株価、為替、市況等を語りたがるバカがいる。
日経を読んでいれば『一流のビジネスマン』だと勘違いしているパーも多い。

 こういうのは特に、社長を含めた会社の上層部に多いのだが、
現実を見ないで、こういう浮ついた情報にばかり目がいく無能が本当に多い。
こういう奴らが、日経や株価の情報を参考に、会社をよりよい方向に導いた例は皆無。

 こういう情報が本当に必要なのは、国の経済を左右している大企業の幹部くらいで、
それら幹部でさえ、時間があれば何をしているかというと、現場の視察だったり、
現場で働く人間とのコミュニケーション、意見交換だったりする。
どんな難しい経済論を並べたって、会社を支えるのは下で働く一人一人の従業員なのだ。

 中小企業の無能な経営陣どもは、そういったものはすっ飛ばして、
日経や経済誌を広げ、『〜の会社、上半期は業績悪くて下半期は下方修正だって』等、
しょうもない話題に花を咲かせ、ビジネス通を気取るのが仕事になっていたりする。

 そんな事をしている暇があるなら、現場に足を運びなさい。
現場の従業員と苦楽を共にし、陣頭指揮をとった方が遥かに会社の売上げに貢献できる。
情報を武器にするのも重要だが、踊らされるリスクの方が遥かに大きい事を認識する事。

2009年08月29日

他人の成功を安易に羨ましがる奴

 例えば定年後に退職金を元手に、こじゃれたバーをオープンし、
行き過ぎた営利を追求しないで、悠々自適に自分の好きな店を営業するとしよう。
そのバーのマスターも人当たりのいい、とても60には見えない活動的なオヤジだとする。

 はたから見れば、そのオヤジは理想的な定年後をエンジョイし、
とても優雅な人生を送っているようで羨ましく見えるかもしれないが、
そこまでの道のりは決して平坦ではなく、生半可な努力では成し得なかっただろう。

 それに対して、安易に、唐突に、実感や心のこもらない感じで、
『羨ましいなぁ』だとか、『俺もマスターみたいな人生おくりたいよ』とか、
ナンセンスでしょうもない感想を言う者がいるが、非常に興ざめする。

 どんな成功の裏にも、必ず血のにじむような苦労や努力が伴うものだ。
そういうものをすっ飛ばしたかのように、楽に手に入れたような感じで、
当人に安易に賞賛をおくる奴は、本当に心からその人を驚嘆しているとは思えない。

 そこまでの過程を知れば、とてもじゃないがそんな安い言葉は吐けないだろう。
成功者とは得てして、結果を評価されるより、過程を評価されたいものだ。
『見える』ものばかり目がいく者は、自分が成功者側に回ることは絶対にないだろう。

2009年08月05日

他人の短所は、視点を変えれば長所でもある

 「誰にでも欠点はあって、当然俺にもあるけど、お前にもある。」
みたいな前置きをして、他人の欠点を批判する人間がよくいる。
特にビジネスの場で、上司が部下を批判するときによく見る光景だ。

 わざわざ自分にも欠点があるなんて前置きしているが、
自分の欠点を正したり反省する気なんてさらさらなくて、単に他人を批判したいだけ。
それが免罪符になり、他人を批判していい約束手形にでもなると勘違いした人が多い。

 最近の若い奴らは気難しい、なんていう、メディアから仕入れてきた情報を鵜呑みにし、
おそらく、そういう小細工をしているのだろうけど、はっきりいって何の効果もない。
逆にストレートに欠点を指摘してもらった方が、遥かに納得できる。

 ちなみに、そういう小細工を弄する人間に限って、その指摘が誤りな場合が大半だ。
その人から見て短所に見えても、別な人間から見れば長所に見える場合がほとんどだ。
例えばその人のことを『うるさい、落ち着きがない』と思う人がいても、
違う人からその人を見れば、『明るくて愉快な人』という判断になる場合がある。

 自分の価値観で一方的に短所だと決め付けて、他人に直接論ずる暇があるなら、
本でも読み、世の中には様々な価値観がある事を学ぶ時間に費やした方がよい。
『俺にも欠点があるが…』なんて、余計な気遣いに神経を使うよりよっぽど生産的だ。

2009年05月22日

転職は基本的に成功しないもの

 この不況のご時世、転職活動している人も多いと思うが、
基本的に転職して、今より待遇や環境がよくなり幸せになることはない。
断言するとバカが突っかかってくるから、この場では『基本的に』を添えておく。

 俺の職場にも、転職で中途入社してくる奴もいるし、逆に出て行く奴もいるが、
彼らを見ていると、99%転職先で幸せになっているパターンはない。
その心理に気付いてそこで我慢するか、諦めないで再度転職するかだが、
どの道を取ろうと、幸福度にたいした差はない。

 ようは年収だったり、職場の環境や人間関係の問題ではなく、
その人の仕事に対する意識の問題が大きく作用するのだから、
そこに気付かないで転職活動していたって、いつまで経っても楽園には行き着かない。

 転職して幸せになったという人もいるが、そういう人たちは、
大抵は意識の伴った、最初から仕事に対する姿勢がしっかりしている人たちだ。
こういう人たちは、基本的にどこに行ってもうまくやっていける。

 そうじゃない人間が転職して幸せになれる確率も0%ではない。
だが、そんな宝くじを買うような転職活動をいつまでもやっていて、
不毛な時間と労力を使うのであれば、なんでも周りのせいにして逃げる性分を改善し、
自己改革に時間を費やした方が、遥かに転職で幸せになる近道になるだろう。

2009年04月03日

喧嘩の理

 友達でも恋人でも家族でもそうだが、よく喧嘩をして『相手が悪い』と言って、
こっちからは絶対に誤らない、向こうが誤ってくるまで話しかけない、なんて、
理をちらつかせ頑なに自分ルールを守っている人がいるが、はっきり言って損をしている。

 というか、そもそも相手に理があり、仮に貴方にも理があるなら喧嘩などしないだろう。
人間とはそういう生き物、不完全だからこそ喧嘩もするし、
人類史を見ても、理を理由に戦争がなくなったり停戦が実現した例はほとんどない。

 仮に自分に理があり、パーフェクトな人間だとして、
相手が詫びを入れてくるまで無視、または徹底的に相手に非を諭す、とかすれば、
おそらく、自分の周りから誰も人がいなくなるだろう。

 自らに理があれば英雄になれる、人気者になれると思ったら大間違いで、
不完全な人間の中で完璧な者がいれば、逆に疎まれるのが現実だ。
ほぼ全ての人間には理が理解できないのだから、それは必然だ。

 自らに理を徹底するのはその人の自由だとして、相手に押し付けるのは、
相手が納得できるわけもないし、最終的に損をするのは自分なのが大半。
そういうものを全て理解して、自分にも他人にも理を求める生き方をするのか、
それを選択するのは自由だが、その選択の代償にも責任を持たなければならない。

2009年03月17日

諦めなければ夢はかなう?

 残念ながら、『諦めなければ夢はかなう』とか言っている時点で、
負けを認めているに等しく、かなわない場合が大半。
そんなことを考えている時点で、諦めることを想定しているわけだから。

 よくテレビとかで、成功した人が『諦めなかったから夢がかないました』とか主張し、
美談のように放映されているが、あれはテレビ用の演出で、
後からのこじ付けで話を美しく仕立てているから、参考にしてはならない。

 本当に諦めない人って、そんなことを考える暇も発想もない。
ひたすら目的にまい進し、後先を考えず無我夢中に努力している。
自分を美しく飾り立てようとする暇さえない。

 そうじゃない人間は、そもそも夢なんていう壮大な目標はまやかしで、
何も目的のない自分の生きる目的のモチベーション維持のために、
無理やり夢をこさえ、頑張っている感じを周りにアピールしているだけ。

 そして周りからよく思われ、大事にされることだけを目的にしていたりする。
そもそも『夢』だとか『諦めない』という発想が陳腐で、
そこが、本当に夢を追っている人との明確な違いだったりする。

2009年02月16日

縁を強調する人間は信用できない

 ビジネスの場で、ことさらに『縁』を強調する人が結構いる。
「具体的な仕事はないのですが、これもまた縁ですから、これからもよろしくお願いします。」
具体的に仕事や金を生み出さない、縁だけを強調して繋がりを保とうとする、
自称『やり手』ビジネスマンが結構多い。

 だが実際には、こういう人間と付き合っていても、
金になる仕事を持って来ることもないし、会社にメリットは生み出さない場合がほとんど。
逆に言いくるめられて、その人に仕事を発注して、あっちの利益になり、
うまく利用されているビジネスマンが多かったりする。

 縁なんていう言葉に惑わされてはならないし、信用してはならない。
特に縁をことさらに協調する人間は、詐欺師のタイプに多い。
あいまいな言葉で罠を張り、都合よく利用しようとしているのだ。

 『金の切れ目が縁の切れ目』なんていう言葉もあるが、実はそうでもなかったりする。
何度も金のやり取りがあると、不思議と情や愛着もわき、本当の縁に繋がる場合が多い。
金を汚く評価しがちだが、生活するにはなくてはならないものだし、
縁などと違って、非常に分かりやすい指標ではある。

 やはり、自分も得しているが、相手も得している、という関係が大事なのだ。
『縁』を振りかざす人間は、見えない定義を餌にして、自分だけが得をしようとする。
そして、騙されやすい人間は、こういう曖昧なものに極度に魅力を感じてしまうのだ。

2009年01月28日

『やろうと思えば出来る』の大間違い

 ある物事に対して、『やろうと思えば出来る』とか、
『やれないんじゃなくて、やらないだけ』等、偉そうに語る奴がいるが、
自分を過大評価し過ぎている以前に、とんでもない勘違いをしている。

 大抵のことに当てはまるが、実はやり続けること、完遂することよりも、
実際に始めること、手を付ける事の方が遥かに難しかったりする。
『やろうと思えば』なんて簡単に言うが、やろうと思うこと事態が非常に至難だったりする。

 こういう奴のことを『口だけ』と言うのだが、正にぴったりの言葉なのだ。
『ダイエットする』『タバコを止める』なんてよく聞く目標だが、
実際に取り掛かれた人間は、宣言した人間の中でごく一部だったりする。
始める前までの段階で、多くの『口だけ』人間が振るいに落とされるのだ。

 それだけ、何かの物事を始めるのは難しかったりするのだが、
それをさも簡単なように、公に公言する人間はあまりに現実を知らな過ぎる。
こういう人間に限って、自分は森羅万象の全てを知り尽くした態度を取るからタチが悪い。

 言葉以上に行動には重みがある。
コツコツやるタイプの人に無口な人が多いのは、行動の重みを知っていて、
わざわざ言葉にするには軽率で、浅はかな事を知っているからこそなのだ。
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。